邦楽

名前 シンセサイザーに関する主な業績(詳細は各アーティストの項目を参照)
冨田勲 1974年、RCAレコードより「月の光」をリリース。同作が米ビルボード(クラシカル・チャート)で2位を獲得し、グラミー賞にもノミネートされる。続く「展覧会の絵」はビルボードで1位を獲得。それ以降もクラシックの名曲を次々とシンセサイザー音楽化した。
深町純 「プロユース・シリーズ・深町純」等、1970年代からシンセサイザーを多用したアルバムを発表している。洗足学園大学音楽学部にシンセサイザー専攻科を設立。FM放送でシンセサイザーの解説も手がけていた。
ミッキー吉野 ゴダイゴで、モンキーマジック等シンセサイザーを多用したヒット曲を発表している。ローランドのアドバイサーとしてシンセサイザーの開発にも参加している。
喜多郎 1980年、NHK特集のシルクロードの音楽を担当。ヒーリング音楽を数多く手がける。
姫神 1981年、「姫神せんせいしょん」としてアルバム「奥の細道」をリリース。日本の民謡を取り入れたシンセサイザー音楽を発表。1984年に星吉昭のソロユニットとなる。
YMO/坂本龍一/松武秀樹 1978年にアルバムデビュー。日本における商業的な成功を遂げた初のテクノ・ポップ・バンドとされている。坂本龍一はキーボード/作曲/アレンジを担当、松武秀樹はシンセサイザー/シーケンサーのプログラミングを担当。
向谷実 1979年よりCASIOPEAのメンバーとしてレコードデビュー。日本シンセサイザープログラマー協会の名誉会員であるほか、日本のフュージョンシーンを牽引したグループの一員として、音楽と鉄道の融合を図るなど新たな試みを行っている。
TM NETWORK/小室哲哉 Get Wild等、シンセサイザーを多用した曲がヒットした。小室哲哉は同グループでシンセサイザーを担当。1990年代には「小室ファミリー」と称される一連のミュージシャン達が、シンセサイザーを多用した数々のヒット曲を発表した。
浅倉大介 高校在学時よりヤマハに出入りし、同社のシンセサイザーDX7IIFDやEOS B500の音色作成、マニュアル執筆等で開発に携わる。ミュージシャンとしては、自身の参加するユニットaccess、Icemanでの楽曲はオケのほとんどが浅倉の演奏(打ち込み)による多重録音で作られており、その時代時代での先鋭的な音楽を表現している。また、プロデューサーとしてもT.M.Revolutionなどのアーティストを手がけている。
電気グルーヴ/石野卓球 1990年アルバムデビュー。主にサンプリング技法を使用して数々の作品を発表した。